1998年(平成10年)12月 | 自由党国会議員候補者コンテストに合格「Lカデット」となる | 自由党の国際貢献のあり方や民間中心の基本政策、福祉政策に感銘を受ける シンクタンク「自由総合政策研究所」研究員として政策研修を積む 同時に各種選挙のお手伝いで政治活動開始 |
2001年(平成13年)1月 | 戸田市議会議員選挙落選 | 初めての挑戦!1歳と3歳の子どもを抱えながら、自由党公認で堂々と選挙戦を戦うも、戸田市に住んでわずか4年という知名度不足もあり落選。当選者と106票差の794票確保。 |
2002年(平成14年)3月 | 戸田市議会議員補欠選挙当選 | 議員の不祥事があり、1議席をめぐる補欠選挙となる。無所属で立候補し2位にダブルスコアに近い大差をつけて当選。 文教・建設常任副委員長、健康福祉常任副委員長、都市計画審議会委員、社会福祉協議会監事、医療保健センター運営委員、友好都市交流協会理事・評議員、公民館運営審議会委員などを歴任 SOHO/インキュベーション支援センター設置、駅前保育園設置、コンビニ納税、資源ゴミの持ち去り罰則条例、電子入札、乳幼児医療費の就学前までの無料化、地域通貨「戸田オール」の導入、ホームページの充実、駅前の行政端末設置で戸籍/住民票の取得、自校式給食、埼京線の増発、二学期制、議員定数削減、駅にエレベータ/エスカレータ設置、議員定数の削減などを提案し実現 |
2005年(平成17年)1月 | 戸田市議会議員選挙当選 | 戸田市制初の議員提案による政策条例「戸田市みんなでつくる犯罪のないまち条例」の原案作成。全議会一般質問登壇などの政策立案能力と日々の地域活動が評価され、2期目当選! 1420票を確保し、27議席中7位で堂々当選。 健康福祉常任副委員長、市民生活常任委員長、交通環境対策特別委員会副委員長、戸田競艇組合総務常任委員長、議会改革特別委員、民生児童委員推薦会委員、都市開発公社理事などを歴任 危機管理室(安心まちづくり課)の設置、電子市役所の実現、議員等の口利き禁止、指定管理者による民営化、住民基本台帳大量閲覧の防止策、地球温暖化防止、乳幼児医療費の窓口払い廃止、企業誘致の企業集積、公文書における市長様の敬称廃止、ニート対策として市内に地域職業紹介所の設置、戸田公園駅前に子ども(青少年)の遊び場設置、自治体シンクタンクなどを提案実現 |
2007年(平成19年)4月 | 埼玉県議会議員選挙当選 | 統一地方選挙に民主党公認で立候補。僅差の2位で当選。自民党王国の戸田市から初の民主党県議会議員の誕生となる。1位から3位までの差が727票の超激戦区を勝ち抜く。 |